介護の現場を覗いてみよう CROSSTALK介護の現場を覗いてみよう CROSSTALK

少子高齢化が進む昨今、人材不足は介護業界において共通の課題になりました。そんな中、介護ロボットの導入やICT機器の導入、介護助手等の活用によって生産性向上を図り、課題を解決している事業所があります。
そうした事業所の方々に、取組みのきっかけや成功の秘訣、今後の展望などについて語り合っていただきました。

CROSSTALK DIGEST

介護現場のチカラを引き出す
生産性向上の取組み

TALK MEMBERS

  • 日建ヘルスメディカル
    代表取締役社長

    林 芳弘さん

  • 社会福祉法人如水会
    特別養護老人ホーム ぎふ愛の里 ケアマネジャー

    羽根 千恵子さん

  • 社会福祉法人浩仁会
    セント・ケア おおの 施設長

    木村 裕亮さん

介護現場の生産性向上を図る
3つのポイント

  • POINT 1

    介護ロボット
    の導入

  • POINT 2

    ICTの導入

  • POINT 3

    介護助手の活用

Q.1

今回のテーマは「介護現場のチカラを引き出す生産性向上の取組み」です。はじめに、法人の概要や特徴をご紹介いただけますか。

木村さん

「セント・ケア おおの」は、法人が運営する「特別養護老人ホーム まほろば」のサテライト施設として、揖斐郡大野町で2012年に開設しました。一番大切にしているのは地域との交流です。お祭りや運動会といった地域行事に出かけたり、「認知症サポーター養成講座」を町内の小学校で開催したり。いろいろな方とのご縁を大切に、利用者様に喜んでいただける施設を目指しています。

羽根さん

如水会は「セント・ケア おおの」さんと同じ揖斐郡大野町、そして三重県亀山市で、地域に根ざした特別養護老人ホームを運営しています。「ぎふ愛の里」に関して言えば、道路を挟んですぐ隣に協力医療機関があるので、医療依存度が高い利用者様も受け入れていることが特徴として挙げられるかもしれません。人工透析が必要な方にも対応しています。

木村さん

羽根さんとは「認知症サポーター養成講座」でご一緒させていただいて、いつもお世話になっています。日建ヘルスメディカルさんは、在宅系サービスを中心に展開されている会社ですよね。

林さん

はい。訪問介護を中心に居宅介護支援、福祉用具レンタルと、在宅系サービスにほぼ特化しています。会社全体としては、介護事業以外に空調設備工事や保険商品の取扱なども行っていて、設立から23年目の現在は7事業、11拠点に成長しました。事業の柱を複数持つことで、経営の安定化を図っています。

Q.2

それでは本題に移りたいと思います。みなさんが生産性向上に取り組んだきっかけについてお話しいただけますか。日建ヘルスメディカルさんはICT機器を積極的に導入されていますね。

林さん

2015年に異業種から転籍した時に、大きな違和感を覚えました。介護業界って、まだこんなにペーパー中心でアナログの世界なんだと。業務連絡は電話かFAXが基本。週明けの月曜はFAXの紙詰まりを直すことから始まり、月末となれば事務職の人のデスクが書類の山になって顔が見えない。残業も当たり前というムードでした。

木村さん

介護事業所で今でもよく見られる光景ですよね。

林さん

試しに、報告書関連の印刷に使うコピー紙の枚数を数えてみたんですよ。そうしたら、1カ月で8000枚。これはおかしいと思って、介護業務支援システムを導入することを決めました。

羽根さん

それはどういうシステムなんですか?

林さん

主に介護記録や業務連絡をデジタル化できるICTシステムです。利用者様宅に設置させていただいたICタグにスマートフォンをかざすだけで、ヘルパーの入退室時間がシステムに自動入力され、スタッフ間での情報共有とチャットを使ったやり取りが可能になります。報告書も簡単な入力作業で作成できるので、記録や報告に要する時間、コピー紙の消費が激減しました。また、勤怠管理システムや給与計算システムとも連動しているので、経理業務の効率化も実現しています。

木村さん

システムの選定にあたって、重視したことはありますか?

林さん

ICTが苦手な人にも使いやすいことと、サービス提供業務の開始から給与支払まで一気通貫でデジタル化できることを重視しました。そうすることで、ヘルパーの自己管理能力が上がり、事務職のさらなる負担軽減につながると考えたからです。期待通り、課題だった事務職の残業は年々減り続けていて、現在は月平均で5時間程度になりました。もちろん、それをゼロに近づけることが目標です。

Q.3

続いて、見守り支援ロボットを導入しているセント・ケア おおのさんの事例をお聞かせください。

木村さん

当施設で介護ロボット活用の機運が高まったのは2015年ごろのことです。展示会に行ったり、メーカーさんのデモ機を試したりしながら検討を重ねました。その結果、導入したのが見守り支援ロボットです。圧力センサーを内蔵したシートをベッドマットの下に敷き込むと、利用者様の体動や在離床などを常時モニタリングできるというもので、大野町や岐阜県の補助金も活用しながら順次整備していきました。現在は、ほぼ全床に設置できている状態で、ロボットと連動した見守りカメラも必要に応じて活用しています。

林さん

ICT機器もそうですが、現場の課題は何なのかという視点を持つことは大切ですよね。

木村さん

そう思います。当施設の場合は、利用者様の転倒事故防止が課題になっていました。転倒事故の多くは、スタッフ配置が少ない夜間の居室で発生するんです。

羽根さん

利用者様によっては認知症で夜間ほど不穏になる方や、昼夜逆転の生活になる方もいらっしゃいますからね。

木村さん

当施設の場合、夜勤は1フロア10名の利用者様を職員1人でケアしなければなりません。見守り支援ロボットを活用すれば、複数の利用者様をモニター越しに同時に見守ることができて、急変への早期対応はもちろん、複数コール時の緊急度の判断もしやすくなります。結果として、転倒事故件数がロボット導入前と比べて大幅に減少しました。また、睡眠状態や心拍数、呼吸数など、さまざまなデータが蓄積できるので、根拠を持ったケアプランを立てられるようになりましたし、利用者様の健康状態をご家族にお話しする際にも役立っています。

羽根さん

これまで経験や勘で探っていた部分が可視化されるのが大きいんでしょうね。

木村さん

おっしゃる通りです。「こういうデータが出ているから、一度病院で診ていただこう」とか。万一転倒事故が起こっても、いつ、どのような状況で転倒されたのかが分かると、より適切な再発防止策を講じることができます。

羽根さん

職員にとってもプラスの効果がありそうですね。

木村さん

ありました。やっぱり夜勤は、心身の負担が大きいんですよ。実は私自身も、介護の世界に入ったばかりの頃、疲れがたまって離職した経験があるんです。いま一緒に働く仲間たちに、あの頃の自分と同じ思いをさせたくない、というのが私の中でモチベーションになっています。介護の仕事の本当の楽しさ、やりがいは利用者様一人ひとりに寄り添って、生活の質をより良くしていくこと。それをみんなで追求していきたいんです。

林さん

共感します。介護職員としてマインドも技術もすごくあるのに、職場の情報化が進んでいないために閉塞感の中で苦しんでいる人がいます。彼らをバックアップして、全体を底上げしていく手段として、ICT機器やロボットはとても有効でしょう。そしてそれを、組織のトップやリーダーが牽引していくことも大切だと思います。

木村さん

介護職の人は使命感が強くて、利用者様に常に全力で奉仕しなくちゃとがんばっている人が多いんですけれど、それだと自分の本当にやりたい介護にたどり着けないかもしれません。だから、ICT機器やロボットをうまく活用して心身の余裕と時間を生み出すということを、みんなに自分ごととして考えてほしいんですよね。私はその背中を押す存在でありたいです。

Q.4

ICT機器やロボットの導入に加えて、介護助手の活用も生産性向上の切り札として注目されています。ぎふ愛の里さんでは、アクティブシニア、障がいのある方など、多様な人材が介護助手として活躍しているそうですね。

羽根さん

20代から70代まで、幅広い年齢層の9名がそれぞれの希望や能力を生かしながら活躍しています。実は、介護助手を導入した起点は人材不足ではないんですよ。2009年の開設時から洗濯と掃除に特化したアメニティスタッフを3名雇用していまして、その後、デイサービスの送迎ドライバーを採用し、障がいのある方を事務職や介護職として採用し、シニア世代になった正職員をパートに移行し・・・と取り組むうちに、職員全体の1割強が介護助手という体制になりました。一人ひとりが大切な戦力です。

木村さん

介護助手が担当する業務はどのように決めているんですか?

羽根さん

本人の希望と能力、現場のニーズを総合的に勘案して決めています。介護助手にお願いできそうな業務をピックアップしてみると、意外に多いことに気がつきました。例えば洗いものやゴミ出し、利用者様のお話し相手や見守り。そうした身体介助以外の業務を介護助手が担うことで、介護職はより専門性を高めていくことができるようになります。

林さん

そもそも、介護職はマルチタスクがこなせて当たり前という風潮が根強いことも問題ですよね。経験年数が浅い人の場合は明らかに業務過多になってしまう。そういう現実も、「介護職は大変」というイメージや早期離職を生む要因の1つになっていると感じます。一方で、まだまだ働きたい、地域の役に立ちたいとおっしゃるシニア層の潜在的介護人材は少なくありません。一人ひとりのできることから輪に入ってもらって、状況を見ながら段階的にステップアップを促すのも良い方法ではないでしょうか。

木村さん

介護助手をキャリアパスの1つと捉えると、可能性が広がりますね。少し話が逸れますが、アクティブシニアの介護助手が現場に加わると、「私も働きたい」とおっしゃる利用者さんが増えるんですよ。そこで、当法人では今年から「リハビリポイント」という仕組みを始めました。介護職員と一緒に洗濯物の片付けや掃除などの活動に取り組んでいただいた利用者様に「リハビリポイント」を差し上げて、ジュースなどの景品と交換してもらうんです。介護助手の存在、活躍は、生産性向上以外の効果も大きいなと感じます。

Q.5

続いてのテーマは「生産性向上の取組みを成功させるコツ」です。事前にそれぞれ書いていただいたフリップに沿ってお話しください。

木村さん

生産性向上の取組みを成功させるコツは「情報収集」だと私は考えています。まずは現場の職員の声に耳を傾けて、不安に思っていること、困っていることは何かを理解する。ロボットに関しては、種類がたくさんありすぎて、どれが良いのか迷ってしまうと思うので、メーカーさんに相談するのがおすすめです。実際にロボットを導入している介護施設の方に、活用方法や効果を聞いてみるのも有効でしょう。私でよければご相談に乗りますので、いつでもお気軽にお電話をください。

羽根さん

私は「介護士の専門性を大切に!」と書きました。これから介護人材の確保はますます困難な時代になっていくと言われています。ただ、介護施設での仕事内容をよく見ていくと、介護の資格がなくてもできる仕事が実はたくさんある。そこを細かく丁寧に切り出して、介護助手と役割分担をすることで、介護職は本来の専門性を発揮できるようになります。業務の仕分けと、多様な人材・働き方の受け入れ。その2つを両輪で進めていくと、うまくいくんじゃないかなと思います。

林さん

ICT機器の導入については「減らす紙を決める!!」、この1点にぜひ着目していただきたいです。事業所内で一番あふれている紙をターゲットにして、それを減らす、ゼロにできる仕組みを取り入れていく。その積み重ねの先に生産性向上や働き方改革が見えてくると思います。

Q.6

最後にみなさんの今後の目標をお聞かせください。

羽根さん

これまでの経験で、せっかく育った人材が流出してしまうのは本当にもったいないことだなと強く感じています。ですので、正職員の人、短時間だけ働ける人、補助的な業務なら担える人、子育て中の人、家族の介護をしている人、元気なシニアの人・・・多様なメンバーがそれぞれの事情を認め合ったうえで、チームワークを発揮できる組織にしていきたいですね。そうすれば、介護の仕事の楽しさ、ワクワク感が現場からもっと出てくるんじゃないかなと思っています。

木村さん

私はこれからも生産性向上に力を注ぐことで、職員がもっとキラキラ輝けるようにしていきたいと考えています。それが利用者様の笑顔を引き出すことや、未来の介護人材を育てることにもつながります。目指すのは、みんなが主役、みんながお互いの存在をリスペクトして、「介護の仕事を選んでよかった」「この法人で働けてよかった」と言い合える施設です。

林さん

超高齢化が進むこれからの時代は、地域の介護力を引き上げていくことが必要です。ICTを使って地域の声やデータを拾い上げれば、たとえばゴミ出しとか回覧板の受け渡しとか、日々の小さな困りごとを多世代の住民同士で助け合う仕組みが作れるかもしれません。みんながもっと気軽に手を差し伸べ合えて、介護職は本来の業務に専念できるようにもなるでしょう。事業所の枠を超えてつながるのが、地域のこれからのあり方として理想なのではないかと。まだ夢の段階ですが、近い将来、実現したいと思っています。

貴重なお話をありがとうございました。